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大阪地方裁判所 昭和42年(ワ)3971号 判決

原告

竹林茂

外三名

代理人

宮井康雄

被告

坪井明

外四名

被告

大阪府

被告ら代理人

荻原満三

主文

被告大阪府は原告竹林茂、同竹林とり、同湯川富夫、同湯川寿恵子に対し、それぞれ金三六一万七、八九九円およびこれに対する昭和四二年八月一九日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告らの被告大阪府に対するその余の請求および被告坪井、同上神、各同大田、同畔川、同壺井に対する請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告と被告大阪府との間においては原告に生じた費用の二分の一を被告大阪府の負担とし、その余は各自の負担とし、原告とその余の被告らとの間においては全部原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

(原告ら)

一  被告らは各自原告竹林茂に対し金四〇〇万円、原告竹林とりに対し金四〇〇万円、原告湯川富夫に対し金四〇〇万円原告湯川寿恵子に対し金四〇〇万円およびそれぞれ右各金員に対して、被告壺井は昭和四二年八月一四日、被告大阪府は昭和四二年八月一九日、被告畔川、同上神、同大田、同坪井は昭和四二年八月二〇日より右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。との判決ならびに一項につき、仮執行の宣言を求める。

(被告ら)

本案前の申立

被告らに対する本件訴を却下する。

本案についての申立

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

〈以下略〉

理由

(本案前の主張について)

被告らは、被告大阪府に対し国家賠償法に基づいて請求する場合には、これと共に公務員であるその余の被告ら五名に対し民法七〇九条に基づき請求することは許されず、又、高等学校教員の夏期水泳訓練の際の行為は国家賠償法に所謂公権力の行使に該当せず被告大阪府は民法七一五条の使用者にも該当しないから被告らの対する本訴請求はいずれも被告適格を欠き、不適法である旨主張するので断判するに、本来給付訴訟についての被告適格に関しては、原告より給付義務ありと主張される者が被告適格を有するものと解すべきであつて、その被告に給付義務が存するか否かは被告適格とは別に本案において判断されるべき事柄である。そこで本件では給付訴訟として、原告は被告らをいずれも給付義務者として主張していることは本件記録上明白であるから、被告らはいずれも被告適格を有するものというべく、この点に関する被告らの右申立はその主張自体理由がないものといわざるをえない。

(本案について。)

第一、被告大阪府に対する請求について、

一、被告坪井、同上神、同大田、同畔川、同壺井の過失について。

原告竹林茂、同竹林とりが正文の父母であり、原告湯川富夫、同湯川寿恵子が高明の父母であつて、正文、高明が天王寺高校一年に在学していたこと、天王寺高校は毎年夏休みに夏期水泳訓練を実施しており、昭和四一年度も、七月一二日より福井県大飯郡高浜町薗部の白浜海水浴場に臨海学校を開設し、被告上神、同大田、同畔川、同壺井らの引率によつて正文、高明ら一学年の生徒が参加したこと、正文、高明は同月一三日のテストで級外より五級(二五メートルの水泳能力)にランクされ、翌一四日の訓練では、被告畔川、同壺井の監督のもとに五級一一班一二班に属していたこと、一一班一二班の生徒らは午前一〇時三〇分頃入水し海岸よりA点B点と廻つて、B点より海岸に向う途中O点付近の深みで溺れ、モーターボートに救助されたが、正文、高明の二名は意識が戻らず溺死するに至つたことはいずれも当事者間に争いがない。

そこで右事故の発生につき、大阪府を除くその余の被告らの過失の有無について判断する。

〈証拠〉を総合すると、次の事実を認めることができる。

天王寺高校では昭和四一年度の夏期水泳訓練の実施のための右臨海学校開設に先だち、同年四月二八日、二九日の両日現地調査のため、被告大田らを高浜町に派遣し、大田は自ら泳いで海底調査をなしたけれども、若狭湾は海底変動の激しい場所であるから、四月の調査の結果をもつてしては必ずしも七月の訓練の際に役立つものではないこと、高浜町観光協会には水深図面が備え付けてあるので、同協会からこれを借用して調査をすれば、容易に危険な箇所を知りえたのに本件水泳訓練の実施にあたつては何らそのような措置をとらなかつたこと、

右臨海学校では毎日みそぎ入水と称して、男子生徒を海へ入れ海岸線に平行に西から東へ三〇米程歩かせて海底調査をなしたけれども、本件事故現場(C点)は、右調査の範囲に入つておらず且本件事故現場の深みは海岸からみても、海面の色が周囲と異つており、外部から認識することが可能であつたことが各認められ、右認定に反する証拠はない。以上の事実から、被告大阪府を除く被告らは、夏期水泳訓練の実施に際し十分に海底の調査をなすべく且それに基づいて、水泳能力に応じた適切なる訓練水域の設定をなすべき注意義務があるのに、これらを怠つた点において過失があつたものというべきである。〈証拠〉によれば、学校側から四月の現地調査の際に保健所や所轄官公署に対して、夏期水泳訓練をなす旨の連絡はなされていたが、七月一二日に現地に到着した際は、慢然連絡がゆきとどいているものと軽信して、高浜町観光協会等に対して安全対策について協力を求める等の連絡は何らなされていないことが認められ右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実からすれば監督者としては右のような措置を求めるべき義務があるのに、これを怠つたものと認めることができる。

さらに、〈証拠〉を総合すれば、天王寺高校は、現地で監視船を用意し各船にブイ二個を入れて見学生徒を乗船させたが、事故の発生の際には右監視船は事故現場よりはるかに離れた沖に出ており、何ら監視救助義務を果しえず、五級一一班一二班の周囲にはその他救命用具の用意もなされていなかつたこと、又、一一班一二班の監督を担当していた被告壺井、同畔川は、水泳能力および溺れた際の救助能力が不十分であつたため、生徒達を安全地帯へつれていき、又遭難生徒をボートに救出するなどの救護の行為を完全に果しえず、これらの行為をなしたのは十野、芳賀らであつたこと、が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。そこで、右の事実ならびに、既に認定した事実を総合すれば、五級一一班一二班のように、一応二五メートル程泳げる生徒を集めてあるといつても、その中には、高明、正文のように前日級外からあがつてきたばかりの者も含まれており、水泳能力はまだ十分とはいえない生徒達であるから、そのような者達の監督を担当する者としては水泳および救助能力の十分な者を十分な人数配置するべきであつたし、又、救命用具も、事故の際直ちに役立つ地点に用意するべきであつたのに被告らは右注意義務を怠つたものと認めることができる。

以上の各認定事実を総合すると、本件事故は、天王寺高校長である被告坪井、夏期水泳訓練の引率最高責任者たる被告上神、主任監督教諭たる被告大田、五級一一班一二班の監督担当教諭たる被告壺井、同畔川らの前記過失が競合して、発生したというべきである。

二、被告大阪府の責任について。

原告らの被告大阪府に対する請求は、国家賠償法第一条一項により、地方公共団体としての被告大阪府の公務員として、公権力の行使にあたる被告坪井、同上神、同大田、同畔川、同壺井らの過失に基づいて登生した損害の賠償を請求するものであるから、同人らの行為が公権力の行使に該当するか否かについて判断する。

国公立学校における教育は生徒の教化育成を本質とするものであつて、国又は地方公共団体がその権限に基づき、優越的な意思の発動として行う狭義の公権力の行使を本質とするものではないが学校教育は、学生生徒による国公立学校という公の営造物利用の関係であり、特別権力関係に属する側面を有する。よつて公立学校利用関係は公権力の行使に含まれると解されるところ、学校の主催で全生徒が参加することを原則とする夏期水泳訓練は高等学校における教育活動そのものであるから、夏期水泳訓練中の監督教諭らの行為は、国家賠償法一条にいわゆる公権力の行使と解するのを相当とする。

そして、被告大阪府の設置管理にかかる府立高等学校の教諭である被告坪井、同上神、同大田、同畔川、同壺井らの過失により、学校教育活動の一環として行われる夏期水泳訓練において、正文、高明両名を死亡せしめ、同人ら及び原告らに損害を加えたものであるから、当該公共団体としての被告大阪府は本件事故によつて生じた損害を賠償する義務があるといわなければならない。

三、原告らの損害額について。

1、逸失利益について

〈証拠〉によれば、高明は、昭和二五年一〇月一〇日生れ、正文は昭和二六年一月一一日生まれで、両名とも、死亡当時満一五才の男子であることが認められる。そして、〈証拠〉によれば天王寺高校から一流大学への進学率が非常に高く、昭和四二年度から同四四年四月現在までの大学進学率は平均して五四%から七〇%に及んでいたこと、高明は両親の望もあつて京都大学医学部に入学するために和歌山大学附属中学校を選び、成績も非常によかつたので、京都大学に進学率の高いといわれている天王寺高校を選んだこと、正文は中学校時代成績が卒業時において約七三〇名中三番で、同人の父は接骨医を開業しているが、医師と異なり職業上の制約もあることから、正文を大阪大学医学部に進学させ、将来は医師にしたいという強い希望を抱いていたので、正文を名門校たる天王寺高校に進学させたもので、正文の中学の同窓生男子一六名は既に全員が大学に入学していること、高明、正文の各両親はいずれも同人らを大学に進学させるに足る経済的能力を有することが認められ、これに反する証拠はない。

そこで右の事実からすると、正文、高明らはいずれも将来において大学に進学し、その結果満二二才より稼働したであろうことを推認することができる。そして満一五才男子の平均余命は、当裁判所に顕著な厚生省発表昭和四一年度簡易生命表によれば五五・五二年であり、右平均余命の範囲内で就労可能年数は四八年と推認され、正文、高明は大学を卒業する昭和四八年四月より四一年間稼働して収入を得たであろうことを推認することができる。

昭和四一年度大学卒男子平均初任給は、当裁判所に顕著な労働省官房労働統統計調査部編賃金センサスによれば月額金二万八、八〇〇円であり、これに平均年間特別に支払われる給与金五万二、八〇〇円を加えた年収は合計金三九万八、四〇〇円となり、必要経費は二分の一と認めるのが相当であるから、以上の事実を基礎にしてホフマン式によつて計算すると、正文、高明の逸失利益は、それぞれ金三六三万五、七九八円となる。

原告竹林茂、同竹林とりが正文の、また原告湯川富夫、同湯川寿恵子が高明の各両親であることは当事者間に争いがないので、原告竹林両名は正文の、また原告湯川両名は高明の各得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権を各二分の一金一八一万七、八九九円ずつそれぞれ相続したものと認めることができる。

2、正文、高明の慰謝料について

正文、高明の慰謝料は、本件事故の態様、正文、高明の年令等を考慮して各二〇〇万円が相当と認められるので、原告竹林両名は正文の、原告湯川両名は高明の、慰謝料請求権を各二分の一宛すなわち一〇〇万円ずつ相続によつて承継したものと認められる。

被告大阪府は、本件事故発生について、正文、高明両名の過失も加わつていたので、過失相殺せられるべきであると主張するが、正文、高明両名に過失があつたと認めるに足りる証拠はない。

3、原告ら固有の慰謝料について

前記のとおり原告竹林両名は正文の両親、原告湯川両名は高明の両親であり、既に認定した本件事故の態様、原告竹林茂、同湯川富夫各本人尋問の結果によつて認められる正文、高明の家庭環境ならびに前記三の1に認定した将来性を斟酌すれば、原告らは正文、高明の死亡により多大の精神的苦痛を蒙つたことが認められるが、一方天王寺高校、教育委員会、安全会等より弔慰金として原告竹林両名は合計金七五万円、原告湯川両名は合計金八〇万円の各交付を受けている事実は当事者間に争いないので、右の点も考慮して、原告らの苦痛を償うに足りる慰謝料としては、各金八〇万円が相当である。

4、なお被告大阪府は、天王寺高校側より原告竹林両名ならびに原告湯川両名に対し弔慰金として各金一二五万円(合計金二五〇万円)を交付しているから損益相殺せられるべきであると主張するが、天王寺高校側より前記3認定の額総計一五五万円をこえて原告らに金二五〇万円支出したと認めるに足りる証拠はなく、又交付をうけた原告らに対する弔慰金は原告らの慰謝料の算定に際して既に斟酌されており、またこの種の金員は損益相殺すべきものと解するのは相当でないので、被告大阪府の右主張は採用しない。

5、以上認定のように、原告らは正文、高明の直系尊属として各自、正文、高明の逸失利益金一八一万七八九九円、慰謝料金一〇〇万円を相続により取得し、さらに原告ら固有の慰謝料各自金八〇万円を合計して、それぞれ金三六一万七、八九九円の損害賠償請求権を有すると認められるから、被告大阪府は原告ら四名に対し、それぞれ金三六一万七、八九九円およびこれに対する本訴状送達の翌日であることが本件記録上明らかな昭和四二年八月一九日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

第二、被告坪井、同上神、同大田、同畔川、同壺井に対する請求について。

原告らは国家賠償法により公共団体としての被告大阪府に損害賠償請求をすると同時に、被告大阪府を除くその余の被告ら五名に対し民法に基き請求をなしているけれども、公権力の行使にあたる公務員がその職務を行なうにつき、過失によつて他人に損害を与えた場合は、国又は公共団体のみが被害者に対しその賠償の責に任すべきであり、行為をなした当該公務員個人は直接に被害者に対し賠償責任を負担しないと解するを相当とする。

なぜならば、このような場合、十分な賠償能力を有する国又は公共団体が損害賠償にあたれば、被害者の救済には十分であり、又、国家賠償法一条二項に国又は公共団体が賠償をなした場合の求償権を認めたことは、公務員個人は求償権を通じてのみ間接的に責任を負うべきことを認めたものと解されるからである。

従つて被告坪井、同上神、同大田、同畔川、同壺井に対し、賠償損害を求める請求は、その余の点につき判断するまもなく理由がない。

第三、結論

よつて、原告らの本訴請求は被告大阪府に対する請求のうち、原告ら各自に対し、金三六一万七、八九九円およびこれに対する昭和四二年八月一九日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、同被告に対するその余の請求ならびに被告坪井、同上神、同大田、同畔川、同壺井に対する請求はすべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条一項本文を各適用し、仮執行の宜言を付するのは相当でないからそれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(増田幸次郎 安間喜夫 小林登美子)

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